今になってぼくは、ふと思い出した。
≪金魚燈≫という言葉を。
それは耳元で囁くように、何かに導かれるように。
その言葉を思い出すと、次はそのときの映像と祖父の顔、そして幼いぼくの姿。
昔、祖父がぼくにだけ見せてくれた。
発光する美しく珍しい金魚。
外観などはごく普通の金魚だが、体の色に似た、
赤に近い鮮やかなオレンジ色の淡い灯りを宿す金魚。祖父はその灯りを金魚燈と呼んでいた。

「たくみにだけ見せてやろうかの、わしの宝物じゃ」

そう言っぼくにだけ見せてくれた。
見せてもらってもう20年も経ったけど、その金魚はどうなったのだろうか。
光っているというだけで、あとの見た感じは普通の金魚と
変わらなかったからもう死んでしまったのかもしれない。
だけれど、あれは本当に金魚だったのだろうか。ぼくが見たものは幻だったのか。
はたまた夢か。
それとも妖怪の類いだったのか。
祖父がぼくを騙したのかもしれない。
ずいぶんと悪戯好きで、とても変わった人だったから。
今になってとても気になった。
祖父の家に行ってみようか。
祖父はもう死んでしまったが、父さんの弟の夫婦が住んでいるから
家はまだ残ってるし、祖父の部屋もきっとそのまま残っているだろう。
それにもう一つ、あの言葉が気になった。

「のぅ、たくみ…もしも……わしが死んだら……」

この先が思い出せないでいる。
なんて言っていたのか、あの頃のぼくはちゃんと受け止めたのだろうか。
言葉の意味を。
そしてぼくは次の土曜日に叔父さんに連絡を入れ、祖父の使っていた
部屋に確かめにいった。
祖父が死んでから誰も入ったことがないのだと言う。
言ったとおり部屋は昔のままだった。
変わった蝶や虫の標本、大きな鳥の剥製、鉱物標本、分厚い古書、
子供の時ぼくが見たままの姿だった。
叔父さんは困ったような笑顔で手が付けられなかったのだと言う。
「この部屋にはまだ父さんがいる気がしてね」
そう言って叔父さんは部屋を出た。
ぼくは部屋をもう一度見渡す。
けれど金魚の姿が見当たらない、ぼくはふと目についた机の引き出しを
開けてみた。
そこには茶色く古びた封筒が入っていた。
宛名は、「たくみへ」ぼく宛に。
封筒を開けて中の手紙を取り出す。
手紙にはこう書かれていた。

「たくみへ。のぅ、たくみ、もしもわしが死んだら、金魚燈を元の持ち主に

返してやってはくれんかの。金魚燈は屋根裏に隠している。

きっと今でも生きてるじゃろ。宵の口、金魚燈を持って

昔わしと縁日の祭りに行ったた稲荷の神社に行ってはくれんかの。

たくみにしかできんのじゃ、どうか頼んだぞ」

それは間違いなく丸っこい祖父の字だった。
けれどぼくにしかできないという意味がよく理解できなかった。
それに元の持ち主がいるというのも初耳でどうやって、
というか今でもその持ち主が生きているかも分からないのに
返すことができるのかということで頭がいっぱいになった。
けれど、死んだ祖父のたった一つの遺言だから一応は宵の口、
神社に行こうと思った。
そして金魚燈は祖父の言った通り、屋根裏の飾り棚の一番下に
隠すように置いてあった。
ぼくはこっそり金魚燈の入った金魚鉢を水が零れないように鞄に入れて、
抱き抱えたまま叔父さんにお礼を言って一旦は家に帰ることにした。
でも20年も経つのになぜ水も金魚もあの頃のままなのか疑問は残った。
それは今でもいるかは分からない元の持ち主とやらに聞くことにした。
 

続きます!!

 

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